お侍様 小劇場
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    “宵の庭にて” 〜寵猫抄より


やっぱり相変わらず…とでも申しましょうか、
いやさ、想定以上のレベルのそれだろう、
途轍もない残暑が 頑固にも退かない、九月の日本列島で。
やたら連休が増えたその弊害か、
運動会の練習を催したところ、
児童や生徒らが熱中症でばたばた倒れた小学校や高校も幾つか続出。

 『熱中症を日射病と同じようなもんだと思ってる大人が、
  今だに少なくないのも問題ですよね。』

下手すりゃ“多臓器不全”を起こしてしまって、
命だって危なくなる症状だってのに。
日蔭を設ければ大丈夫だろうとか、
気分が悪いと訴えても、
水をとらせて休ませればすぐにも回復するだろなんて、
明らかに誤解していて手当てが遅れて、
危なかったって話も聞かないじゃありませんものと。
自分も暑いのには弱いせいか、
こちらさんはきっちりと正しい把握と理解を持つ敏腕秘書殿、
色白な頬を心もち膨らませ、
定時のニュースでそういう事件が報じられていたのへと、
殊更に憤慨してらしたご様子で。
大人らのそんな不勉強から、
命落としてしまう子供がいるかもしれないのは許せぬと、
本気も本気、相当なレベルでご立腹だった七郎次さん、

 『久蔵もクロちゃんも、
  まだ暑いうちはあんまりお昼間に表へ出てはいけませんよ?』

 『みゃ?』 『な〜?』

リビングのラグの上に腰を下ろしていたそのお膝へと、
抱え上げていたお子様二人。
片やは彼にも仔猫だったが、それでも愛しい和子には違いないと、
双方へ別け隔てをしないままの同じ調子で。
鹿爪らしく眉を寄せ、
交互に見やった二人へそんな注意を与える様子が、
真摯なればこそ微妙に滑稽というか、
よそ様からすれば何とも珍妙な姿だったかも知れなくて。

  とはいえ、

 “…シマダは重々 やに下がっておったが。”

下手すりゃ官庁の関係職員でさえ二の足踏むというほどに、
恐持てのする かの有名な“事業所”所属の連中が、
勘兵衛名義の家作物件へ、
勝手に入り込んでの地上げもどきの居座りをしていても。
一向に動じないまま、
むしろ睨
(ね)め返す勢いで てきぱきキリリと対処出来るほど。
それはそれはしっかり者のはずが、
ひょんなところで そんなかあいらしいことを言ったりしたり。

  そういった天然ぶりが、だがだが、
  家長殿には殊の外 お気に入りらしく。

小さなその身をおっ母様のお膝へ左右から持たせかけてた、
かあいらしい仔猫さん二人。
いい子いい子と撫でてもらいつつ、
お尻尾をはたはた波打たせ、
それはご機嫌さんですとの意思表示をしていた様が、
壮年殿にはこれ以上はない至福の構図であったらしく。

  《 ……vv 》

自分も、今やっと意味が分かっての、
ありがたいことだなぁと。
陽が落ちたというに まだちょっと蒸し蒸しする庭先を歩みつつ。
七郎次さんのかわいらしいお母さんぶりだったこととか、
そんな彼へそろりと身を寄せ、
自身も仔猫たちの仲間入りをした、年甲斐のない作家殿だったの、
微笑ましやと思い返しておれば、

 《 ?》

 《 おお、出て来おったか。》
 「みゃんvv」

木蓮の根方の向こう、ニシキギの茂みを背に負うて。
小さな黒猫と向かい合い、
厚絹仕立ての道着服をまとった、大妖狩り仲間の兵庫が、
既に庭には姿を見せている。
月見の十五夜を微妙に過ぎて、月が昇る時刻も刻々と早まり。
今宵はもはや、空にはおらぬ彼らの元締め。
それでも都心の夜は仄かに明るいし、
彼ら自身もその特別な生気のせいか、
輪郭がほわりと発光しているようなものなので。
見える能力持つ者には、
殊更に居どころを主張してしまうのが困ったもの。

 「みゃう?」
 《 ああ、まあ今時はそうそう我らが見える者もおらぬがな。》

そちらさんは仔猫のまんまのクロが、
小首を傾げつつ猫の声にて鳴いたのへ、
意味は判るか的確な応じを返す兵庫だったもの。
しばし、動作を止めて見守っていた久蔵。
こちらも人の青年の姿に戻っていたその手を、
するすると宙へと差し上げて、朋友を指差しつつ、

 《 まさか昼間も。》

相変わらず、いろんなところが省略されまくりの手短なお言いよう。
なかなかの睦まじさへと、感心したからこその言だったにもかかわらず、

 《 そんな紛らわしいことをわざわざするかっ

昼間といや、
こちらさんは誰へも平等に黒猫にしか見えぬ姿だというに。
それでなくとも、
やっぱり親子だったのねとか、母猫は逃げたのかしらとか、
ここいら近辺では言いたい放題されているのにだな、
そんな身でこの子と今みたいに向かい合っててどうするかと。
渋面を作ってしまった黒髪の大妖狩りさんに、

  ―― にゃぁんvv

愛らしいお声で鳴いてのなだめる小さな仔猫。
どうやら“まあまあ”辺りの言いようをしたらしく、
こんな小さななりの存在に慰められようとはと、
それでもまた複雑微妙な心情になったらしい兵庫さんはともかく。
(こら)

 「みゃうにぃ、なぁご。」
 《 ああ。》

このみじかい“ああ”で、

 自分らがこそり抜け出したこと、
 もう休んでいるシチも気づきはすまいよと、

そんな意味合いのお返事だったこと、
兵庫殿はともかく、新顔のクロちゃんまでちゃんと把握し、

 「にぃみvv」

嬉しそうに目許を細める。

  ―― あのねあのね、勘兵衛様が大事になさるシチ様は、
     それはやさしいお手々とにおいがするからねvv

自分の小さな身をすんすんと嗅ぎ、
久蔵の手をも くんすんと嗅ぎ、

 「にゃんvv」
 《 ああ、シチに洗ろうてもろうたな。》

久蔵には少々苦手な“お風呂”だったが、
暴れると“お兄ちゃんでしょう”と窘められもしたが、
この姿へ戻ればそれなり感謝もしている暖かい構われようであり。

  ずっと封印されていた、
  しかも式神の身のクロにしてみれば、
  こういう遇され方は初めてで、
  ずんとくすぐったいに違いなく。

愛らしくも寸の足らない四肢をてことこ動かし、
芝草の上、無造作に腰を下ろした
こちらは金の綿毛を頭へ冠した大妖狩りのお兄さんの、
すぐ間近へ寄ると、お膝へちょこりとよじ登る愛らしさよ。

 「なぁうvv」

今の当主であるあの勘兵衛が
何らかの術で作り出した存在でもなければ、
当代のみという契約を交わした訳でもなく。
島田の家の代々の惣領から惣領へ、
引き継がれて来たという“式神”だという話なので。
見かけの愛らしさに反し、実は随分なお年でもあるのだろうが、
それを言ったら
こちらの二人も、1500年は軽々と数えるほどに昔からの存在。
キャリア的には引けをとらないというか、

 “俺たちのような存在に、
  人間と同じ観念を持って来る方が間違っている。”

そうでしたね、反省します。
(苦笑)
長い刻をかけて山ほどの経験値も重ねていよう、
人の様々な機微や、
それが複雑に入り組んだ結果としてもたらされた、
千差万別な顛末もたくさん知ってもおろうが、
だからといって分別臭い老成した個性が育つかといや、
そこはそれこそ個々による。
誰か後輩でも育てる立場になるとか、
部下を持って指示を出し任せる場面を持つとかいった、
責任を抱えたり負ったりしての苦渋や挫折を経験もした上で、
寛容や忍耐やを養ってない者は。
どれほどの歳月を経ようが、幼子のような屈託のない、
悪く言って身勝手を平気でやるような気性でいられるものだし。
そこまでひどい話じゃあないとしても、
誰に見栄を張るで無しという、
奔放放埒な立場でずっといたというならば、
無邪気で天真爛漫という顔を保つのも
さして苦ではないというところかと。

 《 そうそう、さっき訊いたのだがな。
  この家には先住の土地神がおっただろうが。》

 《  …、………。(頷、頷)》

そういや、いらっしゃいましたな。
やはりキュウゾウくんが なむなむと素直な心でお祈りしたせいか、
危機にあった久蔵さんをさりげなく助けてくれたこともある土地神様。

 《 当主殿から封印をかけられていた間は、
  あの社の一隅に間借りしていたらしいのだがな。》

自分のことが話題になっているからか、
小さな顎の裏っ側が見えるほどのけ反っての、
大きめのお耳の乗っかった、
真ん丸なお顔を上げての二人を見上げる仔猫さまなのへ。
やはり真ん丸な、金の瞳を見下ろしてやり、
つややかな毛並みをよしよしと撫でてやりつつ、
話の先を促す久蔵だったので、

 “何か、お前らの方がよほどに兄弟みたいだが。”

サイズもタイプのでこぼこなことも含め、
いいコンビだとの苦笑を押し隠しつつ、

 《 もともと、この家自体は島田家の持ち家だったらしいが、
  長く人が住まわってはなかったその上に、
  此処を直接手に入れた先々代は、
  大して霊感が強くはなかったお人なようでな。》

そういえば、勘兵衛も七郎次も、
若いころは別の、
道場が間近かった“実家”とやらに住んでいたとか
言ってはなかったか。

 《 だったものだから、随分と無聊をかこっていた土地神は、
  こやつが当地へ来た折も、うたた寝の最中だったらしくての。》

よって、ほん最近まで、
居候が増えてたことに、まるきり気づいてなかったらしいぞと。
太っ腹なのか、間が抜けているのか、
ある意味、当家にはふさわしい剛の者かもと、
肉薄な口許をほころばせ、くつくつ微笑った兵庫だったのへ、

 《 それでこそ。》
 《 寄りつき甲斐もあると言うか?》

表情の薄いままだった久蔵であったのに、
それが彼なりの冗句と判っての、軽快な切り返しをした兵庫殿。

 「…みゅう。」

おもしろい相性なのだなだと?
まあ、そういう表現もあるのかななんて、
苦笑半分、白い手を延べて
黒猫さんの小さな頭をふわふわと撫でてやった黒髪の大妖狩り殿。
こちらは…潜在能力はまだ知らぬが、
小さく可憐な存在だけに、無邪気な言動へもさほど腹は立たぬだろ。
何せ、自分と同輩の奴からもっと手を焼かされまくりだったのだしと。
どこぞかで りいりいと鳴く虫の声に心涼ませつつ、
くすすと柔らかに、そしてどこか楽しげに頬笑んで見せたのだった。





  ◇ おまけ ◇


 「みゃうにぃ?」
 《 ? …ああ、ルフィは友だ。》

そんな言葉を交わす二人へ、

 《 何だ、あの坊主へも話したか。》

兵庫も御存知のお友達ゆえ、
すぐさま話も通っての小さく微笑って見せたものの、

 《 弟が出来たと言うたら、あの兵庫の子かと訊かれた。》
 《 〜〜〜〜っ!》




   〜Fine〜  2011.09.15.


  *小さな仔猫の式神様は、
   シチさんにもキュウたちにも、
   どんどんと馴染んでってるようでございまし。
   そして…兵庫さんには、
   外からの評価が微妙なままみたいです。
   まあ、同じ黒猫さんだしねぇ。
(笑)

  *それはそれとして、
   ややや、気がつけばこのシリーズも次は堂々の百話目です。
   どんな展開になるのやら…
   書き手が今の今 気がついたくらいですが。
(笑)

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